唯一無二の喫茶店になった江戸期の建物

お客様が持ち寄ったアイテムなどが空間も時間も紡ぐ。
「珈琲店 邪宗門」の目印は、下田のシンボル「なまこ壁」。江戸末期に船大工が建てたという建物の扉を開けると、蔵のような店内に古道具やアンティークがずらり。「開店時にはマスターだった神尾が全国の窯場で集めた焼き物を並べていたんですが、そのうち、お客さまが焼き物に合うものを持ってきてくれるようになったそうです」と話すのは、ママの神尾敏子さん。とりとめのないように見えるのに、不思議と秩序や静謐さを感じるのも、納得。芳ばしいコーヒーの香りと落ち着いた照明に包まれた空間は心地良く、つい長居したくなります。
敏子さんは、名物マスターだった亡きご主人、神尾吉郎さんの邪宗門を守って今年で11年になるといいます。多才で遊びゴコロがあった吉郎さん。お店の奥には、吉郎さんの詩や絵などの作品も壁いっぱいに飾られています。

船底のような天井。同じ木を扱う宮大工とは思想が異なる船大工。曲線を描く梁に、その技が見える。

吉郎さんの作品コーナーは、ギャラリーのような見応え。
60年変わらない味にそれぞれの“あのとき”がある

「邪宗門マイルドコーヒー」(600円)。
邪宗門は、東京の国立市にあった名喫茶店。常連だった吉郎さんが“門主”となって下田に邪宗門を開いたのは1966年のことでした。
コーヒーの淹れ方は、創業以来変わらないスタイル。定番の「邪宗門マイルドコーヒー」は、モカアラビアンをベースにした4種類の豆を自家ブレンドしたもの。コーヒーオイルをしっかり抽出できる特別な紙フィルターで淹れてくれます。この紙フィルターは、国立の邪宗門のオーナーと吉郎さんが開発したのだそう。酸味の奥にコクがある一杯は、下田の料理人も太鼓判を押す味です。

「ハニーバター・トースト」(500円)
コーヒーにぴったりな人気メニューが、「ハニーバター・トースト」。カリッと焼いたライ麦入りのイギリストーストにバターとハチミツ、シナモンパウダーがたっぷり。小皿に乗って付いてくるアイスクリームをのせて食べれば、デザート感覚で味わえます。一度食べてこの味のファンになり、わざわざ遠方から訪れる人も。

「ティーパフェ」(750円)
「ティーパフェ」は、下田の青春の味。紅茶をソーダで割ってアイスクリームと生クリームをトッピングしたドリンクで、紅茶のさわやかな渋みが学生たちをちょっと大人の気分にさせていたよう。「ティーパフェをよく飲んでいた子が、大人になって下田に帰省したときに懐かしがってオーダーしてくれるんです」と、敏子さんは目を細めます。
「自分が笑えば、相手も笑う」

店内には吉郎さんの写真も。
「窯をめぐって焼き物をつくったり、詩を書いたり、仲間とジープを乗り回したり。神尾はとにかく遊ぶことが大好きな人で、すぐどこにでも行ってしまう(笑)」。敏子さんが吉郎さんのことを話すときは、いつも笑顔。
神尾さんの最後のことばは「楽しい人生、幸せな一生だった」そうです。敏子さんはそのことばと同じようにお客さまとの出会いを楽しみ、今日も邪宗門に立っています。自分の一杯でお客さまが元気になるように、と。
人は、そばにいなくても大切な人を元気にしたり奮い立たせたりできるということを、邪宗門は教えてくれます。

正面にはなまこ壁、側面には伊豆石が使われている店構え。
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