「ここでなら描けるかも」という直感を信じて
2014年に、生まれ育った岡山でイラスト・デザイン制作所「MARUME design」を立ち上げ、画家、イラストレーター、ライブペインターとして活動する神宝さん。創作に没頭できる環境でしたが、2024年の夏に「表現したいものはたくさんあるのに、それを動かすエネルギーが出ない」という壁に直面。それは、煮詰まった思考や感情が焦げつくような感覚だったそう。この壁を乗り越えるために神宝さんが選択したのは、行ったことのない場所に身を置くことでした。
「自宅でもあるアトリエが窮屈に感じた時期でもありました。海や星といった自然や新しい人との出会いが描く力になるんじゃないかと思って、行き先を検索しているときに目が留まったのが下田だったんです。下田ベイクロシオが住み込みのスタッフを募集しているのを見つけて、すぐに申し込みました」
自身のことを「リサーチをするタイプ」だと分析する神宝さんですが、このときは下田ベイクロシオの外観に「おもしろいことがあるかも」という直感も働いたといいます。

神宝さんの目と心に留まった下田ベイクロシオの外観。
新しい暮らしがくれた発見

「下田港は海面がとても穏やかで、防波堤のレイアウトがどこかデザイン的。ところどころに小島がある様子は趣があるなあと思いました」

部屋にある海に面した椅子とテーブルがアトリエ代わりだった。
下田ベイクロシオは全室オーシャンビュー。仕事の合間に部屋から見えるのは、太陽に照らされてピンク色に染まる朝の海、主役を星に譲る夜の海。「変わらずに佇んでいるようで刻々と表情を変える海に、心が癒やされ、解放されました。自然が近くにあると、リフレッシュできるし集中力が高まる気がします。私はホテルで仕事をしながら滞在しましたが、ワーケーションの場としてもおすすめです」
ホテルでの仕事は初めて経験することばかり。「スタッフのみなさんがあたたかく迎えてくれて、緊張がほぐれました。私に似合うユニフォームのアロハシャツをあれこれ探してくれたり、近くのおいしいお店を教えてくれたり。短時間でものを覚えることが苦手で、仕事中によくメモをとっていたんですが、みなさん急かすことなく見守ってくれて。働きやすいように配慮してくれたことが、心強く、ありがたかったです」
意外にも、働くことで創作の時間が有限になったことは、神宝さんが絵を描く一助になったといいます。「時間ができるたびにキャンバスを持って海まで行っていました。“この時間にしか描けない!”となると、描けるものですね」
神宝さんは下田ベイクロシオに1カ月半ほど滞在し、心が動く景色や自分を受け入れてくれた人たちとのふれあいからエネルギーをチャージ。その日々は『花壇』という作品になりました。

『花壇』には、好きなものに囲まれた女性を描いた。
自分を信じた先にあったもの

「実は今の髪はオレンジ色なんです」
自分の中にある負の感情や疑問、音楽や自然などから感じたもの――。神宝さんが絵を描く理由はさまざまですが、どの作品にも「自分は自分のままでいい」という信念が宿っています。
その背景には、かつての忘れられない出来事が。「専門学校の卒業制作に失敗してしまったんです。気持ちが入りすぎてしまって。相当落ち込みましたが、両親は『自分で選んだ道を進んでいるのだから、自信を持って。あなたなら大丈夫』と声をかけてくれました。この言葉が自分を受け入れ、信じる力になり、私の作品や生き方をかたちづくっています」 自分への信頼の裏打ちとなっているのは、創作を続ける努力。そうして自分を信じ続けられたからこそ下田にたどり着いて、壁を越えてまたキャンバスに向き合えた。神宝さんが下田で出会ったのは、アーティストとしての自分の原点。「迷ったり行き詰まったりしたら、またここに立ち返ればいい。そんな場所があることは、人生の大きな味方がいる気分です」

地元・岡山のブックカフェ 「うのまち珈琲店」に展示されている神宝さんの作品「うのまちのみなと」。
同岡山クレド店に常設されている作品「白昼夢」。 神宝さんの思い入れがある椅子とリンゴがモチーフ。
“私の下田”が詰まったロゴ

幸運や豊かさを呼び込むといわれるヤシの木。
リニューアルした下田ベイクロシオの公式サイトに登場した新しいロゴマークは、神宝さんによるデザインです。
「オーダーをいただいたときのリクエストは、お客さまにわかりやすくヤシの木でということでした。そこで、下田の穏やかさ、人のやさしさ、ホテルの親しみやすさを手書き感のあるフォルムで表現しました。色は、海と空が混ざり合った様子。グラデーションは私の得意とする表現なんですよ」
神宝さんが下田滞在中に五感で感じたことが詰まったロゴ。それは、神宝さんが自身の壁を乗り越えた証のひとつでもあります。


